厄除け、所願成就、知恵などの、仏像のご利益で探すこともできます。
仏像ワールドと聞くとみうらじゅんを思い浮かべる。仏像とは何と人の心を癒してくれるのだろう。
仏像ワールドとして、仏像がブームになったのは、いとうせいこうとみうらじゅんの影響がある。
20年くらい前に東京の池袋の東急ハンズに行くとみうらじゅん監修の仏像が売っていた。よくは覚えていないが仏像らしい仏像ではなく、ゴム製の人形のような仏像だったような気がする。思わず手に取ったが、美しくないので買う気がせず元に戻した。
また10年くらい前上野のヤマシロヤのおもちゃ屋では本物そっくりの仏像フィギュアが発売されると告知広告を目にした。
弥勒菩薩を即予約した。が、数日たつうちに仏像を買っても人生変わらないな、と思いキャンセルしてしまった。
そう、モノを買っても人生は変わらない。弥勒菩薩を普通のおもちゃと一緒に考えてしまったのだ。
以前仏像を美術品扱いしている風潮を批判している本を読んだ。どの本か全く覚えていないくて残念だ。
そこには仏像は美術品ではなく宇宙そのものを表していると書かれていた。理解できない。仏像は仏像ではないか。
なんであんな大きい物体が宇宙そのものの真理を表しているのか理解に苦しむ。宇宙の真理など目に見えないではないか。
だから仏像を愛でる人たちは間違っているということか?間違いとは言いすぎだが、本来の道から外れているということか。
でも、どの仏像も私たちの心をとらえて離さない。怖い顔をして不動明王でさえ守り本尊と思えば心強い。
地元のカルチャーセンターで仏像彫刻の講座があった。受講しようか迷ったがとうとう受講しなかった。
もし、受講していたら今頃どうなっていただろう。何となく難しそう。彫刻刀で指を切るのか怖い。などいいわけをつけて受講しなかった。
いや、受講しなかったのではなく、神様に選ばれなかったのだ。
神様に呼ばれなかった。やましい煩悩だらけの汚い心の私は仏師になる資格などない。
仏像はやはり好きだ。3年前通販でハンサムな木彫りのお地蔵に一目惚れをして1万円で購入した。
仏師の道には進まなかったけれど、仏像を見て人の道から外れないように自分を律する生き方をしたい。